
著Matthew Calbraith Perry
ペリー艦隊日本遠征記
=Matthew Calbraith Perry著=
新聞の広告に掲載されているのを見つけ、すぐさまamazonで注文しました。普段は本屋さんへ出向くのですが、置いてない可能性とすぐに手にしたかったという理由でamazonnで頼みました。
正直に申し上げると、I Love 049が知っている「ペリー来航」の歴史とはかなり違うということです。つまりは日本の教科書と学校が教える歴史の事実は事実として正しいのかもしれませんが、表面的な事実の裏に真理は隠されているというのが実感です。
丁度この本を読破しそうな頃、私たち若人の会合に麻生総理が登壇し演説をされたのですが、その演説の中に「高齢者は働くことしか能がない」と言われ、メディアに叩かれました。確かにこの言葉を発言されたのは事実ですが、総理が伝えたかったことは
「高齢者の方たちは働くこと、仕事には非常に長けている。この高齢になり引退し、納税者から受給者になってしまっているが、この能力を再度活用し、受給者から納税者に変えることが出来れば日本の社会は大きく変わる。あなたたち若者にはそれを成しうる可能性がある。是非この高齢者たちを今一度社会に貢献できる仕組みをつくろうではないか!」
ということだったのです。確かに総理という立場を鑑みると、言ってしまった事実は軽率であったのでしょう。ですが、この素晴らしいメッセージを歪んで伝えてしまうメディアの怖さを始めて知りました。先の東国原知事の衆議院選挙立候補に関するメディアの伝え方、テレビ番組の製作過程等最近やっと問題視されるようになった放送倫理、果たしてメディアのあり方としてこのままで良いのか甚だ疑問です。
やはり明くる日に麻生総理の発言を別の若人仲間と話すと、やっぱり報道で伝え知ったことしか知らず、やっぱり総理は・・・となっていました。メディアの怖さを知りました。

著:Matthew Calbraith Perry
長々と申したのは、歴史認識においてもそうではないか?ということです。私たちはメディアに踊らされて歴史認識を誤って解釈していないか?果たして逆の立場から世界と歴史を見れているか?ということを実感として感じた初の書物です。
今、「沖縄は中国領です。」といったらどうでしょう?一笑に付されますよね。ですが、このペリーが浦賀に来航する前に寄った沖縄、琉球王国は、王国といえども鹿児島の薩摩藩の属国であり、中国の属国であったと思われていました。しかしペリーが独自に条約を琉球王国と締結しようとした時に琉球人は、「琉球王国は中国の支配下にあるので、勝手に条約など締結し得ない」と言っているのです。これを聞くと「沖縄は中国領である」といわれても笑っていられなくなります。
歴史問題は確かに深いです。簡単に竹島返還、北方四島返還なんて政治家はいえないでしょう。勉強されている政治家は特にいえません。日本も開国時、北海道の函館を開港するのですが、函館を蝦夷地といい、アイヌの民と日本人を分けて考えています。
この「ペリー艦隊日本遠征記」はアメリカの上院議会に提出された報告書です。ペリーは独立したアメリカという国家から、現在とほぼ変わらないアメリカの議会制度にのっとって、正式に派遣された艦隊なので、予算を使う以上、しっかりとした報告書の提出が求められます。その報告書の一部が本になったのを読むことが出来るのです。
これを読んで私が知っている歴史観と違うのは・・・・・(ちなみにI Love 049は日本史専攻でした)
不平等条約は確かに不平等、だけど日本政府が提示したのは、全てほしいものはあげますよ!ということだった。だから価格を決める権利がないというのはおかしく、あげるつもりなんだから価格なんていくらだっていいし課税なんてどうでもいい。しかも日本は当時鎖国制度化にあったのだから、物の価格なんて知らないし、長崎の出島での貿易は、オランダと中国が政府に物を献上するというシステムであったから、関税というシステムの理解なんて出来なかった。確かに貨幣は流通していたが、物の取引は物々交換が主流であった。日本はアメリカに物を輸出するつもりなんてなかった・・・・etcの事情によっているので不平等というよりはむしろ日本側の提示した条件にかなうものでもあったのです。
そもそも日本に開国を迫った大きな理由は、アメリカの世界戦略ももちろんですが、当時アメリカの捕鯨船が日本近海で難破し日本に漂流すると、当時の鎖国政策、キリスト教の禁教により、問答無用で切り捨てられている事件も数件起きていたので、自国の民の安全を確保するためにも日本の開国は求められたのです。日本側も、勉強熱心で上級高官は歴史や国際事情もよく知っていて勉強されていて、人間の権利というものが欧州でどのように確立されていったかも重々承知であったそうです。ですから、ペリーが要求したことは今の日本人の感覚では当たり前の要求であると言わざるを得ません。しかもペリーのその交渉の仕方が、当時の日本人が重んじた礼を欠くことなく、武力はあれども行使せず、融和を求めていることを強調したので、「和を持って尊しとなし・・・」の日本人の感覚には受け入れやすいものだったと感じられます。
当時の日本人は、世界で一番高貴な民族は日本民族であるという姿勢を貫き通していた。イギリスやロシア、その他欧州諸国がどんなに開国を迫ってものらりくらりと屈しなかったほど交渉に長けていた。ペリー艦隊の乗組員は世界を一周して日本にたどり着き、世界の多くの文化、国、民族を見て廻ってきて、日本人を見て思ったことが、「世界にこんなに幸福な民族があったのか。豊かなもの貧しいものはあれど、全てがそろって幸せそうにしている。こんな国がこの世にあるなんて・・・」だそうです。
ペリーは当然アメリカこそが一番素晴らしい国で、安全を求め富をもたらすことは素晴らしいことだと信念を持って日本を開国させたのは事実でしょう。同様に自国の利益を追求し他国を侵略することを良しとした当時の世界観の中にあって、「資本主義」が横行し日本にも確実にその後定着していきました。日本もその過程で朝鮮を侵略し、台湾を統治し、中国と戦争し、ロシアと戦争し・・・となっていったのは史実にあるとおりでしょう。
ここでI Love 049は思いました。ペリーが日本にもたらした開国によって「資本主義」が同時に日本にもたらされました。坂本竜馬は海援隊を組織し初の民間貿易を行っています。資本主義なのです。その竜馬に習い、岩崎弥太郎が三菱を起こし、資本主義は時代を捉えます。果たしてこの歴史はよかったのか?それまで、鎖国の間260年間も戦争なんてせず、天下泰平の世とまで言わしめ、ペリー艦隊の従者が「こんなに幸せそうな民族」とまで言わしめた当時の日本が、その後数十年間で何回戦争しているのか?礼節をわきまえ、足るを知ったかつての日本民族は「資本主義」によって、足るを忘れ、人のものを奪う侵略戦争をよしとし、侵略とまでは言わずともそのまま現在まできてしまっていないか?資本主義では許される企業ののっとりも、侵略といえないか?日本国民は和をもって尊しとなしの精神で、足るを知る民族であるべきではないか?確かに開国は世の流れで、いつかは必ず開国はしなければいけなかっただろうが、「資本主義」まで必要であったか?かの英雄、I Love 049も大好きな坂本竜馬、でも別の角度から見ると、幸せな日本国民を資本主義に導いた先人とは言えないか?
非常に深く考えさせられた本でした。とっても文字は小さく分厚い本ですので、大分読むのに時間がかかってしまいました。